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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2633号 判決 1968年2月15日

理由

(一)  被控訴人主張の請求原因事実は、控訴人の裏書の点を除き、全部当事者間に争がない。

(二)  (省略)

昭和四〇年二月二五日頃白岩敏伯は控訴人の紹介により被控訴人から本件土地建物を担保に供して金二五〇万円を借受ける運びとなつたのであるが、金員貸借の方式を採らず、この目的を達する趣旨の下に、同日白岩敏伯およびその妻白岩トミと被控訴人の妻伊藤清美との間に、敏伯およびトミが敏伯所有の本件建物およびトミ所有の本件土地を代金合計二五〇万円にて清美に売渡す旨および売主が同年四月二四日までに金二七五万円を買主に支払つて本件土地建物を買戻すことができる旨の契約が締結され(前段の売買契約締結の事実は当事者間に争がない。)同年二月二七日本件土地建物について清美のための所有権移転請求権が仮登記されてその頃右売買代金が支払われた。ところが同年四月二四日までに右売主による買戻が行なわれえなかつたので、その後新原通義をも交えて関係者間に右売買に関する折衝が重ねられた末、同年六月二五日頃当時東京都の虎の門にあつた白岩敏伯の事務所において、同人と控訴人の同席の下に新原の手により控訴人が前記二の2で主張する各条項を含む契約書(乙第二号証の一)が作成されたのであるが、その後敏伯および新原より、本件土地建物がすでに担保の趣旨で被控訴人に売渡されているのであつて、買戻しをすることができないときにはこれを明渡してしまえばよく、控訴人には何の迷惑もかからないのであるから、右契約を了承しこれに加わつてもらいたい旨懇請されたので、同人らのいうとおり自分に損害の及ぶことはあるまいと考えた控訴人は、自己の紹介により前記売買契約が結ばれるようになつた事情もあつて、その場で右契約書の該当欄に自から署名押印した。さらに敏伯より、同契約書「第四条の損害金充当引当ての為め」金額合計一五〇万円の本件各手形を発行し被控訴人に交付するのであるが、右各手形に裏書してもらいたい旨懇請され、同人の振出にかかる、受取人欄を空白にしたままの本件各手形を手渡されたので、控訴人は、右裏書までするいわれはないと考え前記署名押印について右裏書をすることには躊躇したものの、その場から新原を伴つて当時東京都千代田区麹町六丁目二番地に在つた自宅に立帰つたうえ同人をして本件各手形の受取人欄および第一裏書欄に自己の氏名を記入させかつ右裏書人名下に自己の認印を押捺させてこれらを同人に交付した。翌二六日頃同人より右契約書および本件各手形を手渡された被控訴人はその頃同契約書の該当欄に自から署名押印した。かような経過をたどつて、白岩敏伯、控訴人および被控訴人間に控訴人主張の内容をもつ買戻に関する契約が締結され(右契約締結の事実は当事者間に争がない。)、かつ、右契約にもとづく本件各手形の振出および裏書がされるに至つた(本件各手形の振出、裏書が右契約にもとづいてされたこと自体は当事者間に争がない。)。

(三)  叙上のように本件各手形の裏書は控訴人の意思にもとづいてされたものと認められるので、次に控訴人の抗弁について考える。

前記(二)認定の事実関係よりすれば、昭和四〇年二月二五日白岩敏伯夫妻と被控訴人の妻との間に結ばれた売買契約および同年六月二六日頃白岩敏伯、控訴人と被控訴人との間に結ばれた買戻契約(この買戻と右売買契約中の買戻についての約定はいずれも再売買の予約にあたるものと解される。)は本件土地建物を担保として被控訴人および白岩敏伯間に成立した金二五〇万円の消費貸借たる経済的実費を持つものであつて、借主たる白岩敏伯においては、同年四月二四日に借用元金二五〇万円とこれに対する同日までの利息金二五万円(仮に同年二月二五日から同年四月二四日までの期間を二ケ月として計算すれば、右利率は月五分、日歩一六銭四厘三毛となる。)との合計金二七五万円を返済することによつて、同年六月三〇日に右元金とこれに対する同日までの利息ないし遅延損害金八〇万円(仮に同年二月二五日から同年六月三〇日までの期間を四ケ月として計算すれば、右利率は月八分、日歩二六銭三厘となる。)との合計金三三〇万円を返済することによつて、同年七月三一日に右金三三〇万円とこれに対する同月一日から同月三一日までの日歩一六銭の遅延損害金一六万三、六八〇円との合計金三四六万三、六八〇円を返済することによつて、本件土地建物所有権の返還を受けることができかつこれをもつて足りるとしたことを、貸主たる被控訴人においては、本件土地建物を担保として右各期日に貸金と利息ないし遅延損害金との合計額を回収することができ、かつこれをもつて足りるとしたことを意味するとともに、おそくとも同年七月三一日の満了をもつて本件土地建物所有権は確定的に被控訴人に帰属すると同時にその時までなお潜在的に存続して来た消費貸借契約関係をまた終了するに至ることを意味するものというべきところ、本件建物には右各契約締結当時白岩敏伯の弟白岩竹五郎が居住しており(この居住の点は当事者間に争がない。)、しかも本件土地建物を直接使用する意思なく、転売することを考えていた被控訴人の立場よりすれば、白岩竹五郎の居住により本件土地建物の交換価値(当審証人新原道義の証言および弁論の全趣旨によると、右居住その他の負担のない場合における本件土地建物の取引価格は当時にあつても金四〇〇万円以上であつたことが認められる。)が著しく低下し、これを処分しても、貸金元利金全額を回収することが困難になる怖があるという不利益が存し、あらかじめ竹五郎の本件建物よりの退去、敏伯よりの本件土地建物の引渡をえて右不利益の原因を排除しておく必要があつたため、その措置として、前記買戻契約中に第三条ないし第五条の特約が付加され、本件各手形の振出、裏書がされたものと認められる。すなわち、白岩敏伯が昭和四〇年六月三〇日までに金三三〇万円を支払つて本件土地建物を買戻すことを実行しえなかつたときもなお翌七月三一日までの一ケ月間買戻をすることのできる余地が与えられるけれども、この場合には同日より半ケ月前の同月一五日までに竹五郎が本件建物より退去してこれを空家としたうえ敏伯において本件土地建物を被控訴人の管理に移すべきことがまず約定され(第三条)、次にこの約定不履行のときに備えて、このときには、同月三一日までの買戻期限延長の約束は失効し、被控訴人において直ちに本件土地建物を第三者に売却することができること、その売却代金は、竹五郎居住のため前記買戻価格金三四六万三、六八〇円よりもさらに下廻ることが予想されるのであるが、このときの差額は敏伯の右不履行によつて被控訴人の被る損害にほかならないから、敏伯において直ちにその賠償をすべく、かつ、控訴人において敏伯の右債務につき連帯債務を負担すること(第四条)、両名のこの連帯債務の履行を確保するため金額合計一五〇万円の本件各手形を敏伯において振出し控訴人においてその裏書をすること(第五条)が約定されたのであり、この約定にしたがつて右の振出および裏書が行なわれたものと認められる。

したがつて、前記買戻契約書の記載には不明確不十分なものがあるけれども、右買戻契約において、本件建物に竹五郎の居住しているままの状態で被控訴人が本件土地、建物を他に売却する場合を前提とし、この場合に生ずると予測される損害を敏伯および控訴人において連帯して賠償すべき債務が設定されたうえ、この後日生ずることあるべき損害金の支払確保のため本件各手形が敏伯によつて振出されかつ控訴人によつて裏書されたものというべきである。

しかるところ、《証拠》の全趣旨をあわせ考えると、白岩敏伯は昭和四〇年六月三〇日までに買戻すことができなくて同日を経過したにもかかわらず、第三条の家屋引渡の前記約定を履行せず、同年一〇月三日竹五郎とともにあらためて被控訴人に対し同月一八日までに本件土地建物を明渡すべき旨確約したうえ同年一一月中にこれを実行したこと(本件建物より竹五郎が退去したこと、本件土地建物が敏伯より被控訴人に引渡されたこと自体は当事者間に争がない。)その時までに被控訴人による本件土地建物の売却が行なわれなかつたことが認められるので、もはや竹五郎居住のまま本件土地建物を被控訴人が他に売却する場合は起りえず、竹五郎の居住を前提として発生の予測された前記損害が生じえなくなつたことが明らかであり、したがつて、第四条但書の適用される余地は全くなくなり、第九条により損害金と本件各手形決済金とが相殺清算される場合もなくなつたものと解される。そこで本件各手形の控訴人による裏書の原因たる実質的な法律関係はここに消滅し、裏書人たる控訴人はその直接の被裏書人たる被控訴人に対し本件各手形債務の履行を拒絶しうる権利を取得するに至つたものというべきである

被控訴人は第三条の不履行にもとづく第六条および第七条の反対解釈により本件各手形上の権利を行使するにいたつた旨主張するが、すでに前記のとおり本件手形の控訴人の裏書の原因関係が消滅したことになる本件契約の場合、第六条および第七条について反対解釈をしても、それによつて右裏書の原因関係が復活するわけがないから、被控訴人の右主張は採用することができない。

また被控訴人は、第四条により第三者に譲渡して生じた損害金は、第五条の損害充当金と相殺して清算する旨の第九条の定を援いて手形金の支払が本件土地建物の処分に先立つてなされるべきものであるかのような主張をするけれども、第九条は、前認定のとおり、白岩竹五郎不退去のまま本件土地、建物を処分し、生じた損害と本件手形金との清算関係を定めたものと解するのが相当であるから被控訴人の右主張も採用しない。

つぎに被控訴人は、本件土地所有名義人白岩トミが被控訴人の所有権移転登記手続請求に応じないためにいまなお本件土地の処分ができない旨主張するけれども、これまた本件手形裏書の原因関係について前認定に則わない主張をするものであるから採用することができない。

さらに、第四号証の手形も本件手形の原因関係である旨の被控訴人の主張について考えるに、控訴人裏書の部分の成立については争がなく、その余の部分の成立については当審における被控訴本人の供述によつてこれを認めうる《証拠》によれば、被控訴人がその主張の日にその主張のような金員を控訴人に貸付けたことおよびその後被控訴人主張のような株式の売却により右貸金の一部弁済がされ、その残金支払のため控訴人より被控訴人にその主張のような手形の白地裏書がされたが、その手形の支払がされなかつたことが認められ、当審における控訴本人の供述中右認定に反する部分は採用し難い。しかしながら、本件各手形金合計額のうち金五〇万円について右手形金額五〇万円を書替える趣旨を含ませる旨の合意が控訴人および被控訴人間に成立した旨の主張事実については、これに符合する、原審および当審での被控訴本人の供述部分がたやすく採用し難く、原審証人白岩敏伯の証言も右主張事実を肯定せしめるには足りず、他に右事実を確認しうる証拠が存しない。

したがつて控訴人の抗弁は理由があり、これを採用すべきである。

(四)  以上の次第で被控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきであるから、これと結論を異にする原判決を取消して被控訴人の請求を棄却。

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